4-2. 葛藤や抵抗感への対処

4. 実践後の問題への対処

どのように葛藤を乗り越えれば良いか?

印象操作術を実践するのに何の葛藤や抵抗感もなければ、効果的に実践できるかだけの問題ですが、何の葛藤もない人というのは稀だと思います。大抵は、相手に対処するのと同時に、自分にも対処しながら実践しなければならないはずです。

以下に、私が実践していて数多く感じた葛藤のうち、特に大きかった2つのことに関して乗り越え方のアドバイスを記します。

「見られ」の葛藤に対するアドバイス

前項に「見られ」に関して書きましたが、やはりこれが葛藤の中でも最も大きいものでしょう。では、実際にそれをどう乗り越えれば良いのでしょうか。

まず、その感覚は誤ったものであると理解するところから始めます。「見られ」を気にすることは非合理的なものなのです。便宜上、無理やりそう考えようと言うわけではなく、実際にそうです。

「見られ」というのは他人からどう思われるかを気にすることですが、他人のほとんどは、あなたが思うほどあなたの行為には関心がありません。「見られ」を気にしすぎるのは自意識過剰な場合がほとんどです。

「見られ」などというものは、自分にとって以外の何物でもありません。自分に関することの受け止め方は100%本人次第であり、それが現実であるかどうかなどもはや関係ないのです。

例えば、あなたが自分の何かにコンプレックスを抱いていて、積極的に振舞えないとしましょう。世の中には、あなたがコンプレックスを抱いていることであなたよりずっと劣っていて、それを全く気にせず周囲との関係や物事をずっと上手く進めている人が大勢いるはずです。その現実をよく考えてみましょう。

「見られ」を感じたら、それが非合理的なものであると再確認し、小さな葛藤を乗り越えることを繰り返すのです。あとは時間が経つにつれ、慣れで段々と克服できるようになっていきます。

ちなみに前項でも書きましたが、これは「見られ」を気にしがちな人へのアドバイスです。パワハラを平気で行う人間のように、気にしなさすぎて羞恥心が麻痺し、もはや他人に迷惑をかけても全く意に介さない人間も世間には多くいます。奇しくも、加害者が「自分のことに関しては完全に本人の受け止め方次第であり、実際どうであるかはもはや関係ない」ということを証明してみせているのです。(但し、これはその悪い例です)

自分が自分ではなくなるような葛藤

「見られ」をある程度乗り越えられても、葛藤はそれだけでは終わらない場合もあります。私が当時、「見られ」を乗り越えながら抱えていたもう一つの葛藤は、自分が自分ではなくなるような不安定な感覚です。事がうまく運ぶようになっていっても、一方でそのような感覚を拭えなかったのです。

内向型の人間であれば、ここで解説しているようなことを実践していくのは多少の無理を強いられることは避けられません。それが適切な負荷であれば、自分を改善していく有意義なことにできます。

しかし、無理をしすぎるのは問題があります。本来の自分と全くの別人を演じていたら、心に負担がかかりすぎます。それで精神を病んでしまっては元も子もありません。本来の自分に適合するキャラクターを見つけられるように実践しながら模索していきましょう。

キャラクターを切り替える感覚を持つ

この点についてのアドバイスは「割り切り」を明確に持つことです。会社だと時間も空間もプライベートとは完全に区切られているので、ON/OFFがしやすいというメリットがあります。

その前提で当時、割り切りのために良いと思った考えは「制服を着るように本来の自分の上にキャラクターを着る(切り替える)」というものです。

服装というものは、場所、環境、役割に相応しいものがあります。たとえば、運動をするときや登山をするとき、普段着のままの人はいません。そのために合理的な恰好をします。仕事においても職種や職場によってスーツ、作業着、制服など、それに相応しい服装に変わるものです。(中には私服OKの職場もあるでしょう。しかし、それは稀な例です)

職場のように多数の他人と関わりながら作業を進めていく環境・状況では、キャラクターに協調性や社交性など、それに相応しい要素を持ち合わせていることが理想です。職場に臨むときは、制服を着るように本来の自分の上にその場に相応しいキャラクターを付け加えるのだと考えましょう。職場を離れたら、また普段着(本来の自分)になればいいことです。(あなたの職場が私服でなければ、仕事着に着替えたときにキャラクターを切り替えれば良いでしょう。ちなみに私は当時、会社の敷地に入った時点でONにしていた感覚がありました)

理屈ではなく、開き直ることも大事

以上、2つの葛藤に対するアドバイスを述べましたが、あと葛藤に対処するのに意外と効果的なのは、冗談みたいな話しですが「開き直り」を意識することです。

私も気持ちにしこりが残ったら、よく「開き直れ。そんなことはどうでもいい」と、振り切るように思ったことがよくありました。葛藤を経験し、それを乗り越えることは、自分の内面を強くしていくための必要な過程でもあると思います。

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